坪木の教育論②:社会の変化に伴う教育の要請

教育に対する要請も社会の変化と共に変わってくる。総中流社会では「落ちこぼれ」を作らないことが至上命題だった。学校教育が画一的、没個性化教育を推進 していたのも、ある意味、社会の要請に適(かな)っていた。当時、保護者の子どもに対する希望もほぼ決まっていた。せめて平均点は取って欲しい…これだ。 平均点さえ取っていれば、落ちこぼれる心配がない。当時は「七五三教育」と呼ばれ、高校生の7割、中学生の5割、小学生の3割が学校授業についていけない と言われていたものだ。

社会構造の転換は一九八〇年代初頭に始まる。日本が経済大国としての地位を確立した頃だ。それまでの日本は、「アメリカに追いつけ・追い越せ」を国民全 体の目標として邁進してきた。目の前に、アメリカという明確な見本があったのだ。見本があれば、後は早く、無駄なくそこに到達するための方程式を解けばよ い。いわゆる処理能力を必要とした。その意味では、日本の官僚組織は優秀だった。ところが、アメリカに肩を並べるところまで発展した時、日本は目指すべき 目標まで見失ってしまった。本来、リーダーがその目標を提示する役目を負うのだが、日本の教育は真のリーダーを養成するシステムにはなっていなかった。早 急に教育のシステムを改革し、グローバル化に対応する人材作りに舵を切るべきだったのだ。

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